原作カレーカイ 1


7月某日 11:00
火渡エンタープライズ 日本本社 第三大会議室

 三.五時間。火渡エンタープライズ取締役会の直近の平均開催時間である。少なくともこの一年、予定通りの時刻で終了した記録は秘書課の議事録に存在していない。
「決議事項は以上になります。議事録は後ほど展開致しますので宜しくお願い致します」
 本日も進行役である管理本部長の言葉で取締役会が閉じられた。そこかしこで息をつく声が漏れ聞こえ、革張りの椅子に全身を預けて天井を仰ぐ者も少なくない。――長い。しかし文句をつける者はいない。議題は二十に及び、その全てに対し妥協無く議論が交わされた結果であるためだ。
 遡れば明治から歴史を持つ火渡エンタープライズは創業当初より身内登用をせず、代々優秀な人材による厚い経営層を築いてきた自負と実績がある。当代においてもその伝統は維持され、社内外からその道のエキスパートらが役員に就任している。大企業特有と揶揄されがちな重鈍さを限界まで削ぎ落とし、常に最速最良の判断を下すことを是とするブレイン集団を持つことそのものが火渡最大の盾であり矛である。その人材をもってしてもこれだけの時間が掛かる(あるいは、時間を掛ける価値があると判断している)のには理由がある。単純に、議案が多い。何故か。重工業分野で安定した世界シェアを占めるモンスター企業の成長率を更に数%引き上げた、年若い社長が更なる改革を推し進めているからである。
 その就任歴、僅か二年。火渡カイは、いま最も無視できない人物の一人として、その存在感を世界の表裏に知らしめている。

「社長、お疲れ様です」
 社外役員の退席を見送ったカイに声を掛けてきたのは、財務本部長の赤川だった。火渡は今期、財経体制の抜本的見直しに打って出ることを決めている。そのパートナーとしてここ半年、膝を詰めて議論している間柄であった。
 カイは自分が掛けている円卓の、隣の席を勧めた。
「欧州の方は何とかなりそうですよ」
 赤川から切り出されたのはグループ会計報告の件である。火渡は、今や国内よりも海外の事業所や子会社が多い。カイは財務の見直しにあたり、そこのカネの動きをひとつひとつ確認することにしたのだった。尋常ではない煩雑さになるが、自社の隅々まで自分の目で確かめないと気が済まない、カイの性質をよく表している。
「最近MAした鉄鋼メーカーも、中身は問題無しですねぇ。珍しいくらい健全な経営ですよ。元はあのユルゲンスの資本でしたか」
「ああ。そこは信用できる先だからな」
「社長は本当に良い人脈をお持ちで。おかげで仕事が楽ですよ」
 さて。室内から完全に人気が無くなったのを確認して、本題が切り出された。
「中国の件です。合弁会社のYですが、結論としては会計に不適切な点はありませんでした」
 Y社とは、中国の大手重工業企業・A社との合弁企業である。中国では100%外資の企業が規制されているため、大陸への進出にあたり合弁企業を設立している経緯がある。
「そうか」
 カイは相槌を打った。問題はその先にある。
「親のA社はどうだった」
「はい。表立っては何も問題はありませんでした。」
「買い物の件はどうだ」
買い物。ここではM&A等の投資戦略を指す。
「社長の仰っていた通り、来期にもB社やC社とも話をつけているという噂は確定のようです」
 産業とは常に情報戦である。火渡が世界に張り巡らせている蜘蛛の糸は極めて目が細かい。
「急に派手な動きをし始めたな。経営陣は変わっていないはずだが」
「それに財閥系ですから、下手を打つより保守に入っていれば利益は安パイのはずです。考えられるとすれば、よほど有能な顧問を招いたか……」
「だとすればそいつはよほど口が上手いのだろうな。乗っ取りでも考えているんじゃないか」
「カイ様、お口が少々」
 赤川は気安い笑みで窘めた。元は火渡の家の方に仕えていた彼は、カイが子どもの頃からの付き合いになる。
 ふと、カイの胸元のスマートフォンが震えた。通知をONにしている案件は多くはない。確認すると、秘書から関係役員にのみ送られているメールだった。
「これはまた、タイムリーな……社長のお手元にも届きましたか」
 ドラマのような展開ですね、と赤川は呟いた。メールには、A社から、合弁会社Yの代表を替えたいという申し出があったと記載されていた。これには合弁している両社の同意が必要になる。
 数多ある提携先のひとつ。通常であれば、調査の上然るべき手続きをして終了する案件であるが――メールには、代表交代にあたり、カイ本人と顔を合わせて挨拶がしたいという旨も添えてあった。
「つまり、俺に中国まで来いということだろうな」
「なんと……完全にこちらを下に扱っていますな」
「赤川、口が悪いぞ」
 とはいえ事実、そういうことだろう。A社は火渡よりも資産規模が上であり、合弁会社の持ち分比率も過半数を占めている。数字が権力に直結する世界とはいえ、それでも古い付き合いの仲でやってきたのだ。それを無視するかのようなこの振る舞い――Y社の新代表になるという人物の性格が透けるようだとカイは思った。
「確かに、俺が就任してから顔も出さないのは非礼にあたったかもしれないな。視察を理由に、筋を通しておくか……」
 顔を見せるだけで下らない揉め事が減るならば、合理的な判断だろうとカイは言った。それを受けて赤川は気を収めたようだった。
「そう仰るなら止めませんが……どうかくれぐれも、お気をつけ下さいね。相手は当然、こんにちはだけが目的では無いでしょうから」
「あのな、いつまでも子ども扱いするなと何度言ったら」
「いいえ、そうではありません。目的のために、誠に手段を選ばない世界があるということを、肝に銘じておいて頂きたいのです」 
 それは数十年と世界を相手にしてきた、年長者からの忠言であった。
 カイは社長に就任してから沢山のことを新しく学んできたが、自分がどれほど若いのかもまた知った。以前なら撥ね除けていた言葉もしっかり受け止めるほどに。
 それだけ、カイが背負うと決めたものは大きいのだ。
 重苦しくなった空気を仕切り直すように、赤川は余談を振ってきた。
「何事もなければ、そのまま少し羽を伸ばされてきてはどうでしょう?社長は世界中にお知り合いがいらっしゃいますし、お会いになってきては?」
「いや、いい。それに、思い当たる奴もいないし……」
 中国。爛々とした金色(こんじき)の眼差しが脳裏に過る。
 奴はいるかもしれない、と呟きかけてカイは口を噤んだ。
 例え会ったところで如何するというのだろう。バトルか?バトルは普通にしたい。しかし連絡先のひとつも知らない、スタジアムの外でロクに会話もしたことが無い、おかげで一年音信不通のあの男に、何と言って切り出せばいいのか?最近仕事一辺倒だったせいで頭が上手く切り替えられない。
 しかしそれは詮無い想像だった。カイがこれから赴くのは、ネオン輝く経済特区・香港。牙の一族が住まう山東省の山奥からは、遠く離れた場所なのだから。

2 
 チャイナ・エアラインをご利用いただきまして、ありがとうございます。時刻は10時15分、当便は予定通り香港国際空港に到着いたしました――。
 エンジンの轟音、足下からの振動、そしてアナウンスが飛行機の着陸を告げる。
 アイスコーヒーを一杯貰ったと思ったらあっという間に香港に到着していた。実際には溜まっていた書類に一気に目を通していたため3時間は過ぎている。カイはビジネス・クラスの機内サービスを堪能できた例しがない。愛用のPadを鞄にしまって座席を立つ。
 機内から一歩踏み出しただけで伝わる熱気。時差も殆ど無い近しい土地と思いきや、体感温度はケタ違いだ。ここが間違いなく異国の地であることを実感する。
 カイは今回、単独で香港を訪れていた。現地の事業所の人間と合流するため、無駄に人員を掛ける必要は無いと判断し、秘書たちは日本に置いてきている。
 実は社長秘書課には、このような場合を想定して、カイに側付きを一人つけたいという密かな目標があった。秘書となるとカイが極めてホワイトな働かせ方をしてしまうため、既存のポジションでなく、陰に日向に社長を支える立場の人間が欲しいというのが秘書課の願いであるが、現状叶っていない。求められるスペックが果てしなく高いこと、何より、カイ本人の性格の問題がある。歴代社長は皆豪胆な性質だが、一方で、先々代は気難しく、先代は自由人、今代は繊細だというのが社内の評判だった。

「社長、お久しぶりです!暑いなかご足労いただきまして恐縮です」
「蘇芳さん、お久しぶりです」
 到着ロビーでは、火渡直轄の事業所で中国事業をまとめている蘇芳が待っていた。先々代の頃に若くして抜擢された彼は、Y社においても、火渡からの出向として重要なポジションに就いている。カイとも既知の仲である。
 迎えの車に乗り込み、市街地へと向かう。古いコンクリートの建物群、そこに組まれた竹の足場が横目に過ぎ去っていく。対照的に、高温の蜃気楼の向こうには最新の高層ビルや電波塔が聳え立つ。このあまりにもコントラストのはっきりした街並みは、独特の雰囲気を醸し国外から熱狂的な支持がある。
 空港エリアを抜け、車は大通り手前で左折した。
「ちょうど大通りが封鎖されていまして。せっかくなのでN.ロードでも通りたかったのですが」
「まあ、まだ昼間ですから」
 香港では、蛍光色のネオンに彩られた看板がひしめく大通りが観光名所となっている。このあたりは、夕方からが本番の街である。カイはてっきり、蘇芳が車窓の旅を楽しんで欲しいと提案してきたのだと思って返事をした。
「いえね、ぜひネオンも楽しんで頂きたかったのですが」
 快活が売りの男の声が、笑みとは裏腹に厳しくなった。
「通りの店の8割近くに、汪(ワン)の資本が入っているのです」
「何?」
 汪。Y社の新代表になる男で、まさに今から会おうという人物の名だった。
「それもこの1年の話です、社長。ちょうど例のデモが起こった直後に、観光で売上回収が落ちた土地を一気に食ったようです」
「ここらの大半を?本当ならば尋常な話ではない」
「はい。当然、直接的ではありませんが、何かしら関与しています。裏は取りました」
 土地の利権には大声で言えないコネクションが深く関わってくる。汪という男は、相当なパイプがあるようだ。大通りの件は、たまたま目に見える汪の影響力の一端に過ぎないのだろう。
「我々も業界が長いですが、汪の名前は一切聞いたことがありません。ある日突然現れ、凄まじい勢いで根を張り始めました。社長、彼はただA社から送られた人物というわけでは無いと私は考えています」
 私たちが今から会うのは、そういう相手です。と蘇芳は締め括った。
 たかが顔出しのはずが、やおら焦臭さを帯びてきた。カイは少し考え、本社に一報を打っておくことにした。

 車は九龍半島から香港島に差し掛かった。ベイエリアを走ると程なくして、Y社のビルは現れた。ここら一帯の中では一際高い建物で、天辺の片方が斜めに切り取られたようなデザインをしている。まるで他のビル群を海にして浮かぶ、ヨットのようだった。
 受付から仰々しい取り次ぎを経て、カイと蘇芳は上階に通された。
 そこは明るいグレーで揃えられた円卓、椅子が一セット備えられただけのモダンでシンプルなフロアだった。壁の半分がガラスで、外側へ半円形にせり出したその大窓からは街並みが一望できる。まるで香港そのものがフレームの中に納まっているようだ、とカイは思った。
「ここからは、九龍半島も香港島もまとめて眺められるのですよ」
 窓から外を眺めていたカイたちに、後ろから声が掛かる。遅れて入室してきたその人物は、襟の無いシャツにジャケットを羽織ったスレンダーな男だった。長身のカイと同じくらいの上背がある。
「リチャード・汪です。歓迎します、火渡代表」
 穏やかな笑みで差し出された手に、カイは握手を返す。隣の蘇芳と迷うこと無くこちらに来たなと思ったが、「あなたは有名人ですから」と付け加えられた。
「聞きしに勝る美丈夫でいらっしゃる。さすが、選ばれたお方なだけはある」
 選ばれた、とは火渡の社長就任のことだろうか。
 目立つ容姿に言及されることは珍しくない。ビジネス上、年若く出る杭であるカイに不躾な態度をとる者は多く居た。勿論気にも留めて来なかったが、どうもこの汪という男の態度にだけは、ひっかかるものを感じる。
「あー、汪さん。直接お会いするのは初めてでしたね」
 間に入ったのは蘇芳である。漂い始めた不穏な香りはそこでいったん収束した。
 その後は汪のプレゼンがあり、改めてY社代表就任の旨を説明された。それは極めて丁寧に、最上級敬語で「決定事項だ」と重ねて告げられたに過ぎないものだったが。新情報があるとすれば、汪はA社に入社してからそれほど経っていない、ということぐらいだった。


「Y社社長交代の承認の旨は、弊社から書面で正式に回答いたします」
「ご快諾感謝いたします、火渡代表」
 一時間程度で顔合わせは終了した。そのまま全員で懇親を兼ねたランチの予定だったが、蘇芳は急な案件で事業所に戻るという。
「せっかく予約いただいていたのに、席を空けてしまい申し訳ありません」
 蘇芳は汪に頭を下げてはいるが、横目でカイを案じる視線を寄越していた。ここでも子ども扱いかと嘆息するカイである。いくら汪がクセのある人物とはいえ、ビジネスの場で滅多なことなど起こるまい。それに、火渡を背負うものとして何があっても収めてやろうという自負がカイにはあった。
汪は笑みを崩さず、全くお気になさらないで下さいと言った。
「席に、空きは出ませんから」

 レストランは車で数分の場所にあった。ビルとビルの間に、地中海風の白い戸建ては目立つ。気鋭のシーフードの店とのことだった。最上階である三階の個室に通されると、Y社と同じくオーシャンビューの景観だった。恐らくはここも、汪の所有なのだろう。
 円卓には三席あり、既にカトラリーがセットされていた。スプーンとフォークが、フルコース分用意されている。早く帰す気は無いのだ、とカイは些かげんなりした――あるいは、これ以上の込み入った話があるのか、と。気取られぬようにその柳眉の端も動かしてはいなかったが。
 汪はそんなカイの内心を知ってか知らずか、食事を楽しみましょうとにこやかに笑った。笑うと極限まで細くなる汪の目つきは、靴の先までスマートなデザインでまとめている細身さも相まって、地面を音も無く這う蛇を思わせた。
 給仕がドリンクと前菜を運んできて、否応無しに蛇との食事が始まった。汪は実にリズミカルにあれこれと話題を振ってきた。香港の経済状況から若者の流行。またカイが蒸し鶏のサラダに口をつけたのを見て、鶏はお好きですか、などカイの好物について。カイは「鳥」は嫌いではないです、と適当に流しておいた。会食の常だが、どうでもいいプライベートなことを聞かれるのがカイは苦手だった。(好物で言えば母お手製のいなりずしが断トツであるが、これはトップシークレットである。)
 質問責めを回避するためには、質問を返すしか無い。カイは逆にいくつか汪について尋ねた。どれもそつなく回答が返ってきたが、特に目新しい発見はなかった。それはどうも、回答がYES/NO以上の深さに発展しないからだった。一切自分に踏み込ませない不躾さを、愛想で押し通すその技術はカイには無いので、ほんの少しだけ感心しなくもない。
 前菜の皿が下げられ、新しいドリンクが供された後、会話の主導権はごく自然に汪に戻った。そして天気予報でも読み上げるようにこう切り出された。
「Y社の事業を、新エネルギー開発一本に切り替えようと思うのですが」
「………………伺いましょう」
 「は?」と反射で出掛かった言葉を堪え、カイはまずそう返した。Y社はそもそも、火渡が中国における造船事業でシェアをとるために、A社と設立した企業だ。その事業方針を180度転換するなど土台無理な話だが、カイはまず話を聞く姿勢をとった。短気は損にしかならないという経験からだった。
「社会的意義などは当然説明不要と思いますので省きますね。これはA社の方針でもあるのです。御社のステークホルダーへの説明にはお手数をお掛けいたしますが……」
「待っていただきたい。バイオマス?それとも宇宙由来ですか?いずれにせよ既に他社が国ぐるみで手を出している。失礼ながら100年単位で事業形態が変わっていない御社は遅れをとっているはずだ。今更イチから市場をとろうというのは投資ではなく浪費では?」
 要は、Y社を通じてA社の新事業予算を火渡に負担させようという腹だ。さすがに憤りを滲ませるカイに対し、汪は悠然と答えた。
「そう、市場(マーケツト)は埋まっている。ですから、既存の理論にとらわれない、まったく新しいエネルギーの開発に乗り出そうというのです。――人が悪いですよ、火渡代表。あなたはよくご存じのはずだ」
 もはや不躾さをいささかも隠すこと無く、汪はカイ自身を指さした。一方のカイは話の突飛さについていけず二の句が継げずにいた。何だ。この男は何を言っている?しかしクエスチョンで埋まる脳内とは裏腹に、鍛え上げられたカイの直感はガンガンと警鐘を打ち鳴らしている。
「私が欲しいのは火渡の資金ではありません。あなたです」
「は?」
「厳密には、あなたの聖獣です――『朱雀』の火渡カイさん?」
 唐突に飛び出したその名に、カイは椅子を蹴って立ち上がった。はずみでグラスが倒れ、シャンパンがジャケットの裾にかかるが気にも留められない。
「何故、ここで朱雀の名が出る!」
「ご存じのはずだ。『無限の力が得られる』その伝承を」
「そんなお伽噺を信じてらっしゃるので?人は見かけに依らないものだ」
「逆にあなたは何故信じていないのですか、火渡代表?独楽遊びだかスポーツだか知りませんが、あれだけの力を奮っておきながら……実感が無いとは言わせませんよ」
「……確かに、聖獣は存在し、何らかの『力』ももたらします。しかし、あんたたちが思っているよう未知のエネルギーなどでは――」
 コン!と汪はシャンパングラスを置いてカイの言葉を遮った。
「そのように考えているのは、あなた方だけです。身近すぎて違和感が無いのでしょうが、他の者からすれば、摩訶不思議な現象でしかないのですよ、聖獣と呼ばれるものは。明らかなコスト消費が観測されていないにも関わらず、莫大な規模の炎や水といった形でそのエネルギーを顕現する。物理法則を無視しながら物質界に干渉する前代未聞の力。それが、選ばれた者(あなたがた)だけが呑気に、普通だと受け入れているモノの一般的な認識です」
 鬼気迫る言葉の弾丸に、だがカイとて一切怯まずに切り返す。
「選ばれた者と言いましたが、汪さん。ではその側から何度でも言わせてもらうが、聖獣はそういう存在じゃない。体感できないあなたに説明するのは難しいが」
「それを探るための開発です。頑なでいらっしゃる理由がわかりかねますな。やはり火渡エンタープライズこそ、新エネルギーを独占しようとしているのでは?」
「よほど冗談がお好きなようだ」
 話は平行線のまま、室内には緊迫という名の糸が張り詰めていく。
(確かに、四聖獣が集まれば無限の力を得られると言われていた。だがそれは、各地の新たな聖獣を呼び起こすために使われるものだった。少なくとも、俺たちが四聖獣のビットを手にしたあの時は、だが)
 そんな細かいことを説明しても埒が明かない。そして、カイはこの状況の打ち手を考えあぐねていた。カイ自身気づいてしまったからだ。どれだけ言葉を重ねようと、汪の言っていることの裏付けにしかならないと。すなわち、聖獣はエネルギー源たり得る存在であると。
 だがそれが何だというのか。朱雀を渡せなどと、よくもそんな発想ができるものだ、この人間は。
「そもそも、仮に伝承通りだったとして、四聖獣が揃わないことには――」
 カイの言葉を再び遮ったのは、控えめなドアノックだった。外から、スタッフらしき声が掛かる。
「汪経理(マネージヤー)、お連れしました」
「……ああ、ちょうど良かった」
 ふう、と水を口にした汪は、先ほどまでの鋭利な刃物のような雰囲気をすっかり収めていた。
「火渡代表。実はこの新事業には協力者がいまして。今日はその方もいらっしゃっているのです」
 そういえば、空いている席がもう一つあったことをカイは思い出した。そこには最初からランチョンマットが敷かれていたことも。
「顔をご覧になれば、あなたにも快く事業に賛同いただけると思いお招きいたしました――入っていただきなさい」
 個室のドアが丁寧に開かれる。カイは中腰のままその先を凝視していた。
 まず現れたのは、硬質な床を音も無く踏むカンフー・シューズ。濃紺の民族衣装の裾がその足元で揺れている。そして動きにあわせてたなびく、一本に結ばれた紫の長い、長い髪。
 足捌きだけでも理解(わか)る。例え見慣れない服装だろうと髪型だろうと間違えるものか。生涯の好敵手にして、この10年来、会話こそ少ないが共にスタジアムに立ち続けてきた相手なのだから。
「金、李……!?」
「……火渡カイ……!!」
 紅と金色の瞳がかち合った瞬間、二人の男は同時に互いの名を呼んでいた。そこに孕まれた温度の差に、第三者の蛇だけが薄く笑いを浮かべ邂逅を見つめているのだった。

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