仁李R-18予定(書きかけ)

どうもレイが挑発的である。

 喧嘩を売りにきている、という意味ではない。
 彼はそのような子どもっぽい性格ではない。気に入らないことがあれば意見をはっきり述べるし、見切りをつければさっさとどこかへ去って行く。これが金李という少年だ。
 いや、だからそういう話じゃないんだ。
「ジン!どこ向いてる」
 明後日を向いていた俺を咎めるように、顎の下から声が飛んでくる。
 今日は、居間でレポートの草案に煮詰まっていたらレイがやってきて、そのまま俺のあぐらにのっそりと上がってきて居座っていた。
 夏。ぴったりとくっつけられた小さな背中。触れあっている場所がいやに熱い。
 こちらのことなどお構いなしの仔虎ちゃんは、真っ白いノートの上に勝手に広げた雑誌を指でぴっぴと叩いて俺を急かす。
「え、ああうん。何だっけ?」
「だから、あんたはどれが好みなんだと聞いている」
 ここで俺は初めて雑誌に目をやった。ちっとも埋まらないノートの上に重ねられた、中綴じの分厚くて嵩張る冊子。ちらつく袋とじカラー。開封済み。
 どこで拾ってきたのか、まごうことなき青年誌だった。
 そしてレイが無垢な指先で示しているグラビアページには「あつまれチャイナっ娘!たわわな特盛り桃娘特集♡」のでかでかとした文字。やたらとペラッペラで布面積の少ない服を身につけたモデルが、曲線美を発揮してポーズを決めている。辛うじて襟がチャイナ風なだけで、その服はほぼほぼランジェリーである。
「わーーーーっ!?」
 思わずレイの手ごと、グラビア部分を手の平で覆い隠してしまった。ぎりぎり全年齢の雑誌ごとき、こちらは決して、少しも、特に恥ずかしがるような歳ではないが、レイの目には明らかに悪い。
 だがレイはたやすく俺の腕を払いのけ、しれっとページを捲る。
「この黒い服がいいか?それとも、こっちの赤いのか」
 こちらの動揺など知らぬ顔で、レイは淡々と、しかし熱心に尋ね続ける。答えを得るまで決して動かぬ構えだ。だがこの状況、いったいどうしろというのか。
 答えに窮している俺に焦れたレイは、その背をより一層密着させてきた。俺の胸と腹に、まだまだ薄い背中をぴったり寄せてくる。そして、ジーンズ越しの俺の股ぐらの上に、小さい尻でぎゅぎゅっとのしかかってきた。
「ジン。早く、答えろ?」
 そのまま揺さぶるように、ゆさっ、ゆさっ、と身じろぎを続ける奔放な猫。案外と高い声が、揶揄いを含んで甘い。
 くそ。
 わざとだ。明確な意思をもって、その動きをを繰り返している。
 なぜ断言できるか?それは、このようないたずらが、今日に限った話ではないからだ。
 口の内側の柔らかいところを噛んでぐっと堪えながら、俺は反芻する。

 最近、レイが挑発的である。
露骨に、俺の男に揺さぶりをかけまくってくる。いやまあ、レイなりにかけている、と言うのが正しい。この通り、仕草はどうしようもなく拙いものだ。が、男というやつは直球ストレートがよく効く。欲求に忠実な性格のレイは、そこらへんよくわかっている。さすがだ、レイ。
「ジン」
 うんうん唸る俺にしびれを切らしたレイが、俺の左腕をぎゅっと抱き込んできた。その気になれば一瞬でへし折りさえできる力強さを微塵も出さず、仔猫がじゃれつくようにきゅむきゅむと、だがいたずらに肢体を絡めてくる。
「ジンは、何色の服が好きなんだ」
 服というか下着だろ!と言い返すとよけいな方向に発展するおそれがある。ワンチャン、レイは本気でこれらのランジェリーについて、日本で流行ってる一般的な服だと思って聞いている可能性もある。俺は蜘蛛の糸より細いその可能性にかけて、適当に開いたページを指してこれかな、と返事をしておいた。レイは「そうか」と一言だけ呟いて、俺の手の甲の浮いた血管を、かりかりと引っ掻いてきた。あーいけません。やめて本当。

 このように仕掛けられている原因はわからない。
 ただ、俺は、年上として、誘われるままにがっつくわけにはいかない。何度も肌を重ねているし、コミュニケーションとして普通に事に及ぶ、そういう間柄だとしてもだ。
 今週はBBAの試合が続く。故郷から丸二日かけて遠征して、なおかつ慣れない土地で長く滞在するレイに無茶は絶対にさせられない。本人は顔にも態度にも一切出さないし自覚も無いのかもしれないが、負担が少ないわけがないんだ。
 俺たちが邂逅するのは、俺がレイの故郷へ赴く以外には大会期間中がほとんどだ。だから毎回、このへんの理由はよーく言い含めて、夜の方面でやんちゃさせないようにしている。たいそうご不満そうなのも毎度のことだがわかってほしい。

 気持ちはわかる。試合後の興奮が抑えきれないのも、同じ立場だから痛いほど理解している。俺だって、これでもシニア日本代表の男なんだ。
 レイのこと、大事にしたい。だって――。
 
 俺は自分の頬をべちっと引っぱたいて意識を切り替えた。思考に耽りすぎるのは悪い癖だ。
 ちらちらと俺の様子を伺っていたレイの頭をひと撫でする。見上げてくる目線は、そっけないふうに見える表情と比べて雄弁で、ひどくかわいらしい。
 何かを期待するまなざしを受けて、俺は――レイの頭の上に顎をのっけてそのままがっちゃんがっちゃん歯を噛み鳴らした。
 途端に膝の上から飛び退く仔虎ちゃん。この振動嫌いだもんな、知ってる。ごめんなー。
 唸るレイに、先に水原さんちに行ってるように指示する。これはカントク命令である。あとで練習の相手してあげるから、と言うと少しだけ機嫌を持ち直して大人しく玄関に向かってくれた。最後に「おぼえてろよ」と一言呟かれた気がするが、とりあえずの危機を乗り切れて安堵した俺はすぐに忘れてしまった。
 大人づらしてるけど、結構いっぱいいっぱいなんである。

 深く息を吐(つ)いて、放っておかれっぱなしの雑誌を乱雑に閉じる。
 決して、理性を手放すなどあってはならないんだ。俺は。

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